マルクス『資本論』をてっとりばやく現代の経済に置き換えてほしい人へ
複雑にならないように、ひとことでまとめると『田舎のパン屋さんの自伝』だ。
本書は、30歳にしてはじめて社会人デビューを果たした渡邉格さんが、数年間の社会経験(パン屋修行)を経て、ご自身のお店を出店したその経緯や情熱が語られている自伝である。
しかしこの自伝がちょっと変わりもの。
自伝にとどまらず、ややつっこんだ専門的な解説が含まれているのがポイントとなる。
わたしの印象だと、本書の構成要素は以下のとおり。
- ドキュメント:3割
- エッセイ:3割
- 菌とパンづくりの解説:3割
- マルクス資本論解説:1割
この3:3:3:1が絶妙だ。
ドキュメントは自伝。ご自身のこれまでのいきさつや、週休3日で年間売り上げ2000万円にいたるまでの過程、お店を出店していく苦労や経験をありのままに語ってくれる。
本書の端々に登場するのは、著者・渡邉格さんの『想いや考察』がつらつらと語られるもの、すなわちエッセイであった。
ご本人の情熱がまさにそのまま本書の中身の割合に表れているようで、こだわりを持ち続けた『菌』に対する解説や情熱がしっかりと語られている。それもなかなか専門的な具合に。
同様にパンづくりのこだわりも相当なもので、パンづくりに興味のない者が読むとちんぷんかんぷんになるくらい詳細なものだった。(これはつまりわたしのことである)
本書は後半にいくにつれてドキュメントとエッセイの割合が強くなる。
後半50%~70%付近のところは菌とパンづくりの解説がほぼすべてを占めている。
全体を通して『マルクス資本論』と『パンの発酵技術』を『腐る腐らない』という表現でつなぎあわせて、この腐った社会にメスを入れてやるのだ!といわんばかりの哲学が押し出されている。
ただしわずか1割になってしまった『マルクス資本論の解説』は、現代社会に置き換えてシンプルかつわかりやすく説明されており、マルクスの原著を読む気にはなれないわたしにも手っ取り早くその骨子をつかませてくれる、まさに読書の恩恵にあずかれる良いパートだったと感じている。
そのほかで、わたしが個人的に大変興味を持ったのは、著者ご自身が経験されてきたなかで知った『添加物や農薬の実情、食づくりの実情』が垣間見える点であった。
市販のパンを買う気をなくさせるには十分な情報が、あっさりと、しかし確実に書かれている。
マルクス資本論の解説と食づくりにひそむ添加物や農薬の危険、またはパン屋開業に興味のある人たちにおすすめしたい一冊。
本の情報
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし (講談社+α文庫)
- 作者: 渡邉格
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/03/17
- メディア: 文庫
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目次
はじめに
第1部:腐らない経済
第一章:何かがおかしい(サラリーマン時代の話・僕が祖父から受け継いだもの)
第二章:マルクスとの出会い(僕が父から受け継いだもの)
第三章:マルクスと労働力の話(修業時代の話1)
第四章:菌と技術革新の話(修業時代の話2)
第五章:腐らないパンと腐らないおカネ(修業時代の話3)
第2部:腐る経済
第一章:ようこそ、「田舎のパン屋」へ
第二章:菌の声を聴け(発酵)
第三章:「田舎」への道のり(循環)
第四章:搾取なき経営のかたち(「利潤」を生まない)
第五章:次なる挑戦(パンと人を育てる)
エピローグ